稚加榮の歴史

最高の料理と風情が楽しめる博多料亭稚加榮

博多料亭 稚加榮は、昭和36年に福岡の炭鉱王 中島徳松氏の持ち家を改装し、福岡市中央区大名に鳥料理店として創業しました。その後、北九州において小倉店、八幡店をそれぞれ開業。昭和41年には、全店を統合して株式会社 稚加榮として設立いたしました。昭和48年以降に福岡・小倉店を増改築し、結婚式場、広大な生簀カウンターを設け、活魚、会席料理を中心とした博多料亭 稚加榮として新装開店いたしました。

福岡店の縦12メートル、横3メートル、深さ1.2メートルの生簀では、九州各地で水揚げされるさまざまな活魚が常備30種類以上が泳ぎ、目で、耳で、そして舌でお越しいただくお客様の心を満足させます。

また、昭和59年からは、厳選された国産の素材と料亭ならではの味付けにこだわった辛子明太子の製造・販売を行い、今では全国から問い合わせがあるほどご好評いただいております。博多の息遣いが感じられる料理の数々を、是非ここ稚加榮で
お楽しみください。

「稚加榮」は、福岡の易姓学者 大里華譽先生により命名されました。易姓学の字画の数え方で32画で、「稚」すなわち幼く小さなことを「加」え重ねて、「榮」えるという意味を持っています。他人から愛され、引き立てられ、子々孫々まで繁栄させるという思いから考えられました。3文字とも濁り音がなく、また発音しても響きが良く、覚えられやすい名称であるのが特徴です。

稚加榮の歴史

稚加榮3つのこだわり

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